hot_eyes 雑記帳

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希少生物

きしょう・せいぶつ

絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)...参照「生物の分類

レッドデータブック衆 !?

地上には、人類は約65億人ぐらい居るらしい
だけど、それも「だいたい」であって、ちゃんと、あの街カドで交通量を計る、親指でカチャカチャする「カウンターを持って」数えたヒトはいない

1人のヒトの身体の中にある細胞の数も、だいたい、それぐらい!?
だけど、それも日々あるいは、それこそ一瞬一瞬で、そこここで生まれ変わるから、実際には「これ位の範囲に、だいたいこれ位の細胞数がある」から、全体でこれ位だろう!っていう統計上の数値でしかない

「人類の総人口数」もあくまでも、国際連合あたりに、それぞれの国が「自己申告」した数字の総計でしかない
実際は、それぞれの「国家」のカウンターから漏れたヒトはいるだろうし、その国の「見栄や考え方、そして状況」によって、隠ぺいされた部分だってある

例えば、中国なんかは「一人っ子政策」とか採っているから、各家庭に1人以上の子供がいては「不味い!」
だから、実際は3人ぐらい居ても、それはカウンターでカウントされない
また、インドなんかは、意外と大らかだから、それこそ「だいたい、この街にはこれぐらい、いる!と思うよ」位の人数しかカウントされていない

それ以外にも、中央アフリカの国なんかは、そんな人数を確認するだけの仕事をする人員を割くぐらいなら「金をくれ!!」になっているから、それこそ地方の街の人数まで「誰が何人いる!」なんて、中央政府は知らない

だから、実際の地球上に住んでいる人数は、誰も知らない

だけど、結局は、地上にはたくさんの人類が住んでいるワケで、出来れば「みんなが幸せ」で有って欲しい
それぞれ「一人ひとり」が、幸せだな!って、生きていて欲しい

それが色んな道の「究極の目標!?」

その一方で「
世界中」には、その「種」が全部で、20匹、15羽、23頭、18個... なんていう
具体的な数値で、全部でナンボ!になっている生き物がいる

北海道にも、色々「レッド・データブック」に掲載されている生き物もいる
例えば、トドオロロン鳥 (from 北海道レッドデータブック

だけど、最近のトドくん達は、漁師の定置網などに「顔を突っ込んで」それを荒らしているらしい
被害総計では、最近は「億の単位」の被害が出ているらしい

だけど、本質的な問題は、その「総額の大きさ」にあるのではない

その「希少価値のある生き物の存在を守ること」と、それを守るために「生活が出来なくなるヒトがいる」ということである
そこで!競い合わなければならない!! 状況に居るヒトもいる、その
どちらを取るか?な状況にあることに問題がある

確かに、今までの人間の歴史の中では「多くの種族」を根絶やしにして来た
学校の教科書や図書館にある図鑑を見ると、その中でしか、その存在を見ることしか出来ない「生き物」って、結構「たくさん居た」ことが解る

その「反省」に発(た)って、今の「希少生物を守ろう!」運動がある
「そのコトが大事!」って思うヒトは、何よりも「その種を守ることが大切!!」になる

だから、現在の世界的な『モノゴトの本質的な問題』は、その「種の保存という価値観」と「個々の人間が生きて行く」ということとが、対立してしまっているということ
本当は、別のところで「比較しなければいけないこと」が、同じ土俵に上がってしまっていること

ヨーロッパ人たちは、過去、色んな過ちを繰り返して来た
だから、今、色んな反省の下、色んな物事に「首を突っ込んで」来ている

だから、南氷洋で「クジラを捕っちゃダメ!」ってことになる
ある面それは、クジラを食べることを食文化としている者にとっては「大きなお世話」なことになる

また、いま「北京オリンピックをやるか?」と「チベットの独立か?」の、どっちを選ぶ??
ッポイ状況が、ヨーロッパを回っている「聖火リレー」の周辺で起っている

ある種「当事者」の、チベット人たち、あるいは中国人たちが、それを中継している「カメラの前」で、自分たちの「思い」をアピールするのは、仕方がない
それこそ今まで無かった、この機会を待っていた!
だろうから、色んな映像の後ろで「プラカード」や「旗を振って」
今まで隠されて来たことを、みんなに知ってもらうために、一生懸命になるのは、当然の権利かもしれない
それが、出来ないで来たこと、それ自体に「本質的な問題」があるのだから...

だけど、ダライ・ラマ14世が、インドの山奥から、
北京オリンピック、そのものの妨害をしてはいけない !!
とアピールをしている

チベット人たちの本質的な問題の解決のために「北京オリンピックの中止」はあってはならないこと
一方では、その「オリンピックのために!」身を削って、自己を磨いているヒトがいるワケであるから、その発表の場の大会を取り上げる権利は、チベットのヒト達には、ない!

本質的な問題の「選択肢」は、そこにはない

一方では、やっぱりヨーロッパでも、虐げられて来た人たちが、いる
いま、チベット人たちの周りに、その思いの「はけ口」として、抗議行動に参加しているヒトたちが集まっている
ある種、南氷洋のヒト達も So too

結構、暴走して「聖火を奪い取ろう」とするモノまでいる
その行動を、ただ単に「駄目!」ってしても、また同じことを繰り返すことになる

イギリスの悪名高き、フーリガン
それは、抑制された「思い」が、サッカー場で爆発して、ブレーキが壊れるから
フーリガンを、サッカー場から追い出しても、彼らが抱えてしまった「憤懣(ふんまん)」が何処かにある!以上、同じことが繰り返される

誰かが、テレビで「ヨーロッパは人権意識が高い」と言った
裏を返せば、今でも「人権が守られていない」から、人権を守ろう!が声高く言われることになる
ある種、チベットのヒトが可哀そう !!って思うから、必要以上の行動になってしまうことにもなっている?

哀しいのは、お前だけではない...

キリスト教では「人間は、罪を持って生まれて来た」と教える
それは、誰もが「唯我独尊」で生まれてくることと「同義語」

誰もが、生まれながらに「自分がイチバン大切だ!」と思っている
優先順位「イチバン」は自分
何かと「比較」したとき、最初に優先席に座るのは、自分である

だけど、他にも「そんな自分」がいるということの発見!
そして併せて「自分って何?の探索」と、常に「自分の行動は、みんなにとって正しいか?の自己反省」も必要

ときに、人間は「自らを振り返る」前に、他のヒトの「行動」が見えてしまうから、それに「口を突っ込んで」しまう
すぐに「ダメ!駄目!だーめ!!!」って言いたくなる

それが、NG!No Good !!って、気付かなければならない

トドが「網」に首を突っ込むのは、仕方がない
その行動をとるのが「自然な振る舞い」だし、いくらアタマの良い彼らでも、その全員に「この網の中に、アタマを突っ込んではダメ!」って教えることは出来ない
あるいは、そこまでする?必要があるか!?ってこともあるし、それをする費用が莫大になるなら、他の方法を考えた方がマシ

だけど、人間が他のことに「首や口」を突っ込むのは、止めることが出来る
人間が「我儘な存在」として生まれてくるのが、悪いのではない

人間には、他の生き物よりも「変われる可能性」がたくさんある!
また、色んなヒトがいる!のも確かで、みんなが同じ様になれるワケではない
だから、みんなで「バランス」を取りながら、全体で!幸せになるしかない

まずは「自分は変われない!変らない!!」って思っている
そう思っている、思い込んでいる「鎖」から、自分を解放しなければならない

それが、本当の世間で言うところの「悪」なのかも知れない

誰もあなたを縛ったりはしない

ただ、過去から繋がって来ている
悪しきもの「ネガティブ・スパイラル」は、みんなで終わりにしなければならない

最終的に「何」を選択するか?は、我々全員に託されている...