さてと、雪投げも終了し、明日の「筋肉痛」を心配しながら、
その2を描きたいと思います
「ばいばい」と書いて、売買と説く
そのココロは?
これって「なぞカケ」ってヤツ
ナゾナゾって楽しいよね...て、また脇道!?
子どもの頃、よくやった遊び
クラスの中でも「勉強の出来る子」って言われて、担任から可愛がられているヤツが、みんなが解る「謎々」をいくら説明しても解らなくって、みんなで「馬鹿!アホ!!」呼ばわりして、日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らす...
なんてこともあったとサ
意外と「機転と想像力と、柔らかアタマ」が必要で、言われた通りにしか出来ない子には、ちょっと苦手な分野だよネ
そこには、世間一般に言う「頭が良い」とは違う、尺度が存在する
テレビなんかでは、番組制作に困ったときは「クイズ番組」をやる
裏方のスタッフたち「出題」を作る方は大変だけど、視聴率をある程度、読めるのが Quiz
話しはリンクして行くけれど....
最近は色んな分野の「試験」で、その分野の出題が底を尽いた!!と言って、
「過去の出題を使ってもイイ??」とか言い出している!?
確かに、その分野の知っていなければならない知識って、ある程度、限定されるから、いくらアタマを捻っても「出題を捩(ねじ)る」ぐらいしか出来なくなって、当たり前
運転免許の出題なんかは、とっても「なぞなぞチック」で、言葉ジリに「落とし穴」がまっていたりする??
また、新しい分野や今までになかった設問には、正解が1つじゃない場合も出てくるし、正解と不正解の線引きが難しくなっている
だから、それを作る方も神経を使うし、みんなで「統一試験を使っちゃえ!」とかに、いまはなって来ている
私立大学なんかも、一次試験なんかで採用している
だけど「問題に問題があった!」場合、その影響は大きくなるから、
その試験でヒトの人生が決まる場合なんかは、その責任は取れないし、
面倒だから『過去の前例!』に走りたくなるのも、ちょっとだけ同情したくはなる
だけど、いまの「子どもの未来」を心配している...って顔をして、文部科学省とかで「教育の在り方」を模索し始めているけど、まずは自分たちの「アタマを柔らかく」しないといけないんじゃないのかな?
ある種「なぞなぞが苦手だったけど、記憶力は良かった子」たちがあつまっちゃったから、ニッチもサッチも行かなくなった
其処に、とっても問題がある!と思うんですけど...?? 「未来を語る」その前に
自分のアタマを絞ってみる、良い機会だと思うけど、自分のアタマを使わなきゃ意味がない
すぐ他人のアタマを使いたがるから、自分の想像力が無くなる...使わないモノは退化する
老けるは、何かに耽(ふけ)ることをすれば、怒らない!?
また、長くなってしまったので、
本当の主題だった「売買」については、Part Ⅲに続く... See you /(^o^)