眼に見えて!? 「鉄の道」についてのページを創り出したのは、去年、
SLオホーツクのレポートを描き始めたときではあるが、いちど、それ
らを一度、集めて整理し直しても、それなりの「記録」の蓄積になる!
とは思っているが、いま!は前へススメである
例えば、ページ「 緒法尽の、SL(蒸気機関車)集 」を創ってみたが、
これだけでも、多くの物語を描く!ことが出来るが、北海道の歴史の
中では、それは、或る種「歴史のひとコマ」であり、もっと大きな流れ
の中で考えないと、『未来の設計図』は描けない!と思っている
そんな中、以下の様な資料を最近、入手した
掲載されている本の、発行元がちょっと怪しい!? ので、鵜呑みには出
来無いが、今まで「JR(国鉄)」ベースで作られた路線図とは違うモノ
なので、それはそれで参考にするだけの価値が有る!? と思っている
明治40年9月時点の、鉄道路線図 (「計画」部分含む)
大正15年9月時点の、鉄道路線図 ※拡大図は、ココをクリック
昭和55年9月時点の、鉄道路線図
北海道の「開発」に於いて、道路建設の歴史が主流になる前、時期的
には、昭和20年代前までは、それの花形は「鉄道の敷設!」あった
多くの陳情団や期成会などが、各所で活動していた時代
そして、上記の、2枚目の「鉄道路線図」が、イチバン!計画段階のモノ
を含めて『線路網』が拡がった時代のモノになると思っている
その後、物&ヒトの移動手段が、『道路』へシフトしていく流れの中、現在
の ホカの地域 には見られない!? JR路線だけ!の、鉄道網が残っている
最近、勝手に!? 手入れをしていた!
「魚無川」沿いにある、せせらぎ公園で遣っていた、第2次治水事業
その場所は、津別町へと繋がる!「鉄の道」の跡地である
その昔、SLが、その敷地内を色んなモノを積み込んで、走っていた場所
その記憶は、津別町の、旧・本岐中学校の体育館に、残されている
それは、釧路地方へと伸びる!予定で、相生地区まで繋がっていた...
北海道の未来の「設計図」の変更!の或る種「傷アト」と言える
津別町相生(あいおい)地区にある、「旧・北見相生駅」の写真
美幌駅 - 旭通仮乗降場 - 上美幌駅 - 豊幌仮乗降場 - 活汲駅 -
達美仮乗降場 - 津別駅 - 高校前仮乗降場 - 恩根駅 - 本岐駅 -
大昭仮乗降場 - 開拓仮乗降場 - 布川駅 - 北見相生駅
その視野には「京都&大阪」も!含まれて居た...
その「鉄の道」では、色んなモノゴトの「交差点」は、『停車駅』に集約
されることになる
元・本岐駅があった場所は、道路化!の中、色んな施設が造られた
が、言うなれば「意味不明?」の、津別町本岐に有る、「子児用トイレ」
序で!なので、「ふるさと銀河線」系の、旧駅の紹介!?
旧・小利別 (しょうとしべつ)駅
民営化の流れの中!池田線が第3セクター化された「ふるさと銀河線」
になったとき、新築された、この駅は、いま!は地域のヒトが花壇などを
造って面倒を観ているが、その造形を含めて、ちょっと悲しくなる!! のは、
私だけ?だろうか
メンテナンスを含めて、みんなで使っていく!ことを考えずに、
『造る!こと』だけが目的化して造った
だから、その役割が終わる!的な、建造物がアマリにも多いYoh!に
思われる
私は、それを、誰が造ったか?は問わずに、分類『箱モノ』!と呼ぶ
それは、インターネット上の、色んな建造物!?を含む!也
取り合えず?? wikipedia で取り扱っている、廃止になった緒法尽の鉄の道
を集めてみる
参考になるHP (誰かが作って居る??)