がん治療の伝統“ゴットハンド”には頼らない
研究テーマ:著者と語る『生きる力 心でがんに克つ』
なかにし礼氏の著書『生きる力 心でがんに克(か)つ』が売れている。昨年2月から6月にかけての食道がんとの闘いの物語である。
声が出にくい、口臭がするといった自覚症状で胃カメラ検査を受け、食道がんのステージⅡ期の後半と診断される。毎年健康診断を欠かさなかったが、前年は東日本大震災のため健診しなかった。
しかし「最初はゴッドハンドに診てもらえば治るという安易な気持ちだった」。紹介される名外科医に会うと、異口同音に「切れば治る」という。抗がん剤と放射線治療を併用するともいう。食道がんの手術は難しい。切って短くなった食道をつなぐために、腸や胃を剥がして持ち上げる。出血しやすく時間がかかる。「自分の心臓は長い手術や放射線治療には耐えられないと訴えるが、どの医師も切りたい一心だった」という。
そしてある時、トーマス・マンの『魔の山』を思い出し、「突然目覚めた」。「紹介されるままに医師巡りをしていたが、自分の意思で生きる手だてを探していないことに気づいた」というのだ。
それからは手術をしないで治す方法を、インターネットを活用して探し始めた。そして夫人が陽子線療法の存在を見つけた。この陽子線療法というのは、放射線療法と違ってエネルギーを絞ることができ、他の組織に障害を与えない新しい療法だ。この療法を国立がんセンター東病院で受け、死のふちから生還できた。
こんな素晴らしい治療法があるのに、がん治療のゴッドハンドたちはなぜ紹介してくれなかったのか。「日本の医療は伝統に縛られて、新しい医療が進まない」と怒りを訴える。
日本ではがんの治療は、まだ外科医が中心の病院が多い。手術だけでなく、抗がん剤の投与も、放射線の照射も自らやってしまう。最近ようやく欧米のような腫瘍内科医が出始めている状況だ。なかにし氏の話は、自分の死のふちからの生還物語から日本の医療批判に及んだ。
日経BP参与 澤井 仁